光をかざして躊躇いを消した

大学でなんすればいいっちゃかーとか考えてたら、勉強は今まで通り頑張りつつ、なにかしら目標を持って、コミュニケーション能力を高めてたらいいんじゃない?という結論。


そんなわけで、目標はLondon School of Economics、略してLSEに留学することに決定しました。留学先はまだ確定じゃなくて適当ですが、決心したからには本気で目指すよ。
留学自体はずっとしたいな〜って思ってたしね。


tuitionが問題になってくるわけですが、親に留学について話してみたら二つ返事でOK貰えた。ぶっちゃけそれくらいの余裕はあるし、大丈夫やろ。


その次の問題は英語力だけど、これは努力で解決するお話。


さて、ここで最大の問題になってくるのはコミュニケーション能力なわけだけど、どうすればいいんだろうね。


そもそもコミュニケーション能力ってどういう能力を指すかいまいちよくわからん。


東京行って色んな人に会うのはわりと楽しみだよ。




大学で一番何したい?って聞かれたらバスケなわけだけど、部活でやるのかサークルでやるかわからない。


部活でガチでやるのはむっちゃ面白くて、相応の対価があるのは高校時代の経験的によく知ってるけれども、やっぱ学問を究めるとかいったものに強く惹かれるというか憧れるんだよね〜
一応そっち関係の才能は持っていると思うし。僕がバスケを頑張ったところで社会を救うことはできないけど、知的活動に精を出すことにはちょっとはその可能性があるだろう...的な。


だから生活の柱は学業であって欲しいのよね。


スポーツに限らず、恋愛でもバイトでもアニメでもカードでもゲームでも学業の支障になった時点で価値を失くしてしまうと思う。


両立が理想なんだけど、そこまでの自信はないのだよ。
受験期のアニメはある意味完成系だったかも。理想の息抜きだったかな。


それに、僕は臆病だから一度部活に入ってしまったら退部することが出来ないと思うのよね。軽いサークルならまだしも、そういうガチめの雰囲気を持つからこそ。
高校時代、基本的に部活やめたいと思ったことはほとんどなかったけれど、やめたいと一瞬でも感じたときは明日から色んな人と気まずくなると思ったらそんな考えは消えた気がする。


心地いい場所を守るのに必死になりすぎてたかなぁ...


高1のときに思うけど、某先輩に
「お前ホントいいキャラ位置にいるな!」って言われたことあって、そのときは確かにその通りぐらいにしか感じてなくて、先輩も深い意味はなかったと思うんだけど、近頃この言葉が引っかかる。


昔は良かった的なアレで嫌なんですけど、高1のころは最高に楽しかったです。


成績良かったし(主観的には高1≧高3>>>>高2だと思ってる)、部活は先輩がいてちょくちょく試合にも出ることできて楽しかったし、2009年のアニメ面白かったし、ギアスに出会ったのはこの頃だし、デュエマもガチ化する一歩手前の状態でデッキ構築とかについての知識が増えてどんどん楽しくなってきてた頃だし、なによりクラスが最高だった。校風なのか知らないけど、アニメが好きでもカードが好きでも迫害されたことはなく、受け容れられたのよ。


で、このような状況に対して先輩の言った言葉はもっともだと思うのだけれど、なんだかこの状況って殻を何重にも被ることで自分を形成してるような気がする。


なんていうか、結果を先に作ってそれに合うように自分のキャラを作ってる的な。よくわからんなw


とりあえず、僕はキャラが良かったのではなく、キャラ“位置”が良かっただけっていうことです。


それが良いか悪いかはまだわからないけれど、わりと信頼してる僕の直観は悪いと言ってる。


“位置”を失ったらホントに居場所無くなっちゃうんじゃない?的な不安感。


結論は僕は臆病で、自分に好都合な居場所を作ろうと頑張ってきましたよってことかな。


別にそれは人間なら誰でもやってることじゃない?って言われたら首肯するしかないんだけれども、、、なんか違う。


あーマジで混乱してきた。やめよう。




ギルティクラウンとペルソナみたんですけど、感想はお休みです。